2012年12月4日火曜日

ディレクの本懐

そろそろ、モギコッカー(※1)としての自分の臨床カルテも終末に近づいてきたように思う。少し皮肉めいた話になるけれど、僕はMUNerとしてはまだまだやれることが沢山残っていると考えるけれど、サークルという形を取るモギコッカーとしての役目は、ほとんど残されていないんだろう。むしろ、他の人の可能性を摘まないように気を付けないといけないと考えている。


さて、そんな中で、自分のモギコクライフを振り返ると、結局のところ、最も自分が好きだったのは、BGの作成なんだろうと思っている。僕の夢の一つが、生涯で本を一冊出す(できればいいものを)ことなので、ある意味それに近いことが好きなことになる、というのは、妥当だろうと思っている。


これまでBGは4度書いた。

1)一昨年年度研究会でのBG(教育の資金調達メカニズムについて)
2)昨年度全日本大会でのBG(同上)
3)本年度関西大会でのBG(宇宙会議について)
4)本年度全日本大会でのBG(政策立案について)

特に全日本大会は、一度も出場していないのに、2度も執筆させて頂く機会をもらい、感謝している。

さて、BG writer≒ディレクとして、自分がディレクとして後代に遺したいものを述べたいと思う。


ディレクがBG執筆を終えて最初に感じることは達成感だけれども、その次の瞬間、何とも言い難い後悔に苛まれることが多いんじゃないかと思う。その後悔というのは、議題や会議について自分が書いてきたことを、もっとうまく書けたんじゃないか、ということだったり、書いたことが事実たらずじゃないか、ということだったり、様々だ。そうなると、できれば自分のBGが引き継がれ、どこかでブラッシュアップされると、ものすごくうれしいということになる。


自分がディレクとして書いたBGの議題は、"Prevention on an Arms Race in Outer Space"だった。この議題について、遺されているBGはほとんど無かった。それでも、自分のBGはモギコッカーの熱のリレーだったと思う。例えば、仙台模擬国連の宇宙の平和利用について討議しているBGは参考になったし、主要参考文献として使用した本は、模擬国連OBの方だった。出来る限り先代の意思をくみ取りつつ、自分の文書として再構築する作業は、なかなかに骨の折れるものだけれど、(引用ばかりだとコピペでしかないから、孫引きにならないよう、文献は遡って調査しなければならない)そこを頑張ることで、新しい生産価値を少しでも作ったつもりだ。

現在、自分のBGの不満な点としては、(体裁の不備などを除けば)少なくとも宇宙政治について統合的な論点を提供できなかったこと、公共財の視点から見た宇宙政治の論を展開できなかったこと、最近のトレンドであるTCBM(透明化・信頼醸成措置)を排除したことなどが挙げられよう。もし今回、宇宙政治についての私のBGが後代に継承されるならば、リサーチの時間が多少は省くことができ、これらの問題点も余った時間で解消してもらえるかもしれない。ささやかだけれど、こういった伝承は嬉しいものだ。ディレクの本懐だろう。

ところが、日本の模擬国連はデータ媒体でBGを継承する術を、(今のところ)持っていない。著作権などいくつかの技術的ハードルがあるそうだが、ディレクとしてはこの事態は好ましくないことではないだろうか。

私の運営した会議は「宇宙」というニッチな分野を扱ったこともあり、同様の会議が近いうちに実施されることはないのかもしれないけれど、例えばCOPや核問題というのは、毎年恒例でどこかで実施されている会議であり、もし各代でのブラッシュアップが行われず、結局HPや文献からのコピペを繰り返しているのならば、労力の無駄な消費になっていると言えるだろう。戦力の逐次的投入とも言える。この状況は好ましくない。


昨今、このような状況を解決すべく、BGデータベースの作成が急がれているそうだ。その出現を待つとともに、それまでの暫定措置として、Dropboxを使用してBGデータを集積することを提案したい。ディレクの本懐は、ディレクの協同作業によってのみ、初めて達成される、集合行為なのだから。



※1 モギコッカーとは、日本の模擬国連会員を指す俗称。

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